ゲーミングPCにおけるハードウェアアクセラレーションGPUスケジューリング (HAGS) 詳細解説:効果、設定、ドライバ連携、トラブルシューティング
はじめに
ゲーミングPCのパフォーマンスを最大限に引き出すためには、ハードウェアの性能だけでなく、OSやドライバの設定が重要な役割を果たします。Windows 10 May 2020 Update(バージョン 2004)以降で導入された「ハードウェアアクセラレーションGPUスケジューリング(Hardware-accelerated GPU scheduling, HAGS)」は、GPUのスケジューリング処理をOSからGPU自身に移管することで、パフォーマンス向上や入力遅延の低減を目指す機能です。
本記事では、このHAGSの技術的な仕組み、ゲーミングパフォーマンスへの具体的な影響、設定方法、そして有効化や無効化に関連して発生しうるトラブルシューティングについて、詳細かつ実践的な情報を提供いたします。一般的な設定解説にとどまらず、読者の皆様がご自身の環境でHAGSを適切に活用し、より快適なゲーミング体験を実現するための深い理解を深めることを目的としています。
ハードウェアアクセラレーションGPUスケジューリング (HAGS) とは
従来のWindowsグラフィックススタックでは、GPUによるタスクの実行計画(スケジューリング)は、主にWindowsのDisplay Driver Model (WDDM) カーネルモードドライバ(KMD)によって管理されていました。CPUはGPUに対して処理要求(GPUコマンド)を発行し、KMDがこれらのコマンドキューを管理・優先順位付けし、GPUに実行を指示していました。このプロセスには、CPUとGPU間のコンテキストスイッチや、KMD内での処理オーバーヘッドが伴います。
HAGSは、このGPUスケジューリングの役割の一部を、CPU側のKMDからGPU上の専用ハードウェアスケジューラへオフロードする機能です。これにより、GPUコマンドキューの管理や優先順位付けといった低レベルなタスクをGPUが直接行うことが可能になります。
この変更により、期待される効果は以下の通りです。
- CPUオーバーヘッドの削減: GPUスケジューリングにかかるCPUリソースを削減し、他のゲーム処理やOS処理にCPUリソースをより多く割り当てられる可能性。
- 入力遅延の低減: GPUが自身のタスクをより効率的に、かつ低遅延でスケジューリングできる可能性。
- パフォーマンス向上: 特にCPUボトルネックが発生しやすいシナリオにおいて、フレームレートの安定化や向上につながる可能性。
ただし、HAGSの効果は、GPUの種類、ドライバのバージョン、実行するアプリケーション(ゲーム)、そしてシステム全体の構成(特にCPU性能)によって大きく異なります。すべての環境で一律にパフォーマンスが向上するわけではなく、場合によっては意図しない挙動やパフォーマンス低下を引き起こす可能性も存在します。
HAGSの技術的要件と設定方法
HAGSを利用するためには、以下の要件を満たす必要があります。
- OSバージョン: Windows 10 May 2020 Update (バージョン 2004) 以降、または Windows 11。
- GPU: NVIDIA GeForce RTX 20シリーズ以降、または AMD Radeon RX 5000シリーズ以降など、HAGSをハードウェアレベルでサポートするGPU。Intel Arc Graphicsも対応しています。
- GPUドライバ: WDDM 2.7以降に対応した、HAGSをサポートする最新のGPUドライバ。各GPUベンダーの公式サイトから最新版を入手する必要があります。ドライバのリリースノートでHAGS対応が明記されているか確認することが推奨されます。
HAGSの設定は、Windowsのグラフィック設定から行います。
- Windowsの設定を開きます(
Windowsキー + I
)。 システム
->ディスプレイ
を選択します。- 右側のペインをスクロールし、
関連設定
の下にあるグラフィック
をクリックします。 既定のグラフィック設定を変更する
をクリックします。ハードウェアアクセラレーションによるGPUスケジューリング
のトグルスイッチをオンまたはオフに切り替えます。- 設定変更を有効にするには、PCを再起動する必要があります。
このGUI設定以外にも、レジストリやPowerShellコマンドレットを用いて設定を変更することも技術的には可能ですが、通常はGUIからの操作で十分であり、意図しないシステム挙動を避けるためにもGUIからの設定が推奨されます。
HAGSのゲーミングパフォーマンスへの影響
HAGSがゲーミングパフォーマンスに与える影響は複雑であり、一概に「オンにすれば速くなる」とは言えません。期待される効果はCPUオーバーヘッド削減と入力遅延低減ですが、これは特定のシナリオで最も顕著に現れます。
- CPUボトルネック環境: CPU性能が相対的に低い環境や、CPU負荷が高いゲームでは、HAGSによるCPUオーバーヘッド削減がフレームレート向上やスタッター(カクつき)の低減につながる可能性があります。
- 入力遅延: 理論上はGPUがより直接的にスケジューリングを行うことで入力遅延が低減されるとされます。ただし、体感できるレベルかどうかは個人差やゲームの種類に依存します。NVIDIA ReflexやAMD Anti-Lagといった低遅延技術と併用することで、さらなる効果が期待できる場合もあります。
- GPUボトルネック環境: GPU性能が不足している環境では、CPUオーバーヘッド削減の効果は限定的となり、HAGSを有効にしても大きなパフォーマンス変化が見られないことが一般的です。
- 互換性問題: 一部の古いゲームや、特定のGPUドライババージョンとの組み合わせによっては、HAGSを有効にすることでパフォーマンスが低下したり、スタッターが悪化したり、画面表示に問題が発生したりするケースも報告されています。
検証の推奨: HAGSの有効/無効によるパフォーマンスへの影響は、ご自身の環境で実際に比較検証を行うことが最も重要です。特定のゲームをプレイしながら、フレームレートモニター(MSI Afterburnerなど)で平均フレームレート、最小フレームレート(1% Low/0.1% Low)を計測したり、スタッターの頻度や体感を比較したりすることをお勧めします。入力遅延についても、可能であれば計測ツール(NVIDIA LDATなど)を使用するか、繰り返し操作して比較検討するとよいでしょう。
HAGSに関連するトラブルシューティング
HAGSを有効化した後に発生しうるトラブルや、HAGSが原因である可能性のある症状に対するトラブルシューティング手順を解説します。
考えられる症状
- ゲーム中のフレームレート低下、不安定化、スタッターの悪化
- ゲームやアプリケーションのクラッシュ
- 画面表示の異常(ティアリング、アーティファクトなど)
- PC起動時のディスプレイ出力問題
- 特定のゲームやアプリケーションでのみ問題が発生する
原因の可能性
HAGS有効化後に上記のような症状が発生した場合、原因として以下の可能性が考えられます。
- GPUドライバの互換性問題: 現在インストールされているGPUドライバが、HAGSまたは特定のゲームとの間で互換性の問題を抱えている。
- OSの不具合: Windows OS自体に一時的な不具合や設定の競合が発生している。
- ゲーム側の問題: ゲーム自体がHAGSとの連携に問題を抱えている。
- ハードウェアの組み合わせ: 特定のGPUとマザーボード、CPUなどの組み合わせで問題が発生している。
- 他のソフトウェアとの競合: オーバーレイソフトウェアや他の最適化ツール、セキュリティソフトウェアなどがHAGSと競合している。
具体的な確認方法と解決策
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HAGSを無効化して確認する:
- HAGS有効化後に問題が発生した場合、まずHAGSを無効化(設定をオフ)し、PCを再起動して症状が改善するか確認します。
- 症状が改善した場合、HAGSが原因である可能性が高いと考えられます。
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GPUドライバの更新またはロールバック:
- HAGSはGPUドライバとの連携が非常に重要です。HAGSが原因である可能性が高いと判断された場合、以下の手順を試します。
- ドライバの更新: お使いのGPUベンダーの公式サイトから、最新のドライバをダウンロードし、クリーンインストールを試みます。古いドライバにHAGS関連のバグが含まれている可能性があります。
- ドライバのロールバック: 最新ドライバで問題が発生する場合、一つ前の安定版ドライバにロールバックすることを検討します。DDU(Display Driver Uninstaller)を使用して既存ドライバを完全に削除してから、古いバージョンをインストールするクリーンインストールが推奨されます。ドライバのクリーンインストール手順については、別途記事「ゲーミングPCにおけるドライバのクリーンインストール詳細解説:DDU活用、手順、トラブルシューティング、パフォーマンス影響」をご参照ください。
- HAGSはGPUドライバとの連携が非常に重要です。HAGSが原因である可能性が高いと判断された場合、以下の手順を試します。
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Windows Updateの確認:
- Windows OSのバージョンが古い場合、HAGSの実装に問題が含まれている可能性があります。最新のWindows Updateを適用し、OSを最新の状態に保ちます。
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ゲームの整合性チェックまたは再インストール:
- 特定のゲームでのみ問題が発生する場合、ゲームファイルの破損が原因である可能性も考えられます。SteamやEpic Games Storeなどのプラットフォーム機能を使用してゲームファイルの整合性を確認するか、一度ゲームをアンインストールし、再インストールを試みます。
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他のソフトウェアの停止:
- バックグラウンドで動作している不要なアプリケーション、特にパフォーマンス最適化ツール、オーバーレイソフトウェア、セキュリティソフトウェアなどを一時的に無効化し、問題が改善するか確認します。これらのソフトウェアがHAGSと競合する可能性もゼロではありません。
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BIOS/UEFI設定の確認:
- 非常に稀なケースですが、BIOS/UEFI設定の一部(例:Resizable BAR/SAM設定やPCIe関連の設定)がHAGSと相互に影響を与える可能性も考えられます。関連する設定をデフォルトに戻したり、最新のBIOSバージョンにアップデートしたりすることも検討します。
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クリーンブートの実行:
- OS起動時に読み込まれるドライバやスタートアッププログラムの競合が原因である可能性を排除するために、クリーンブートを実行し、最小限のサービスとプログラムで問題が再現するか確認します。
HAGSは比較的新しい機能であり、その効果や安定性はGPUドライバの成熟度に大きく依存します。有効化して問題が発生した場合は、焦らず一つずつ原因を切り分けていくことが重要です。最終的にHAGSを無効化した方が安定してパフォーマンスが得られる環境も存在することを理解しておく必要があります。
まとめ
ハードウェアアクセラレーションGPUスケジューリング (HAGS) は、ゲーミングPCのパフォーマンス最適化において注目すべき機能です。GPUスケジューリングをGPU自身に任せることで、CPUオーバーヘッド削減や入力遅延低減の可能性を秘めています。しかし、その効果は環境に依存し、互換性問題から予期せぬトラブルを引き起こす可能性もあります。
HAGSを最大限に活用するためには、対応するハードウェアと最新のGPUドライバが必要であり、設定はWindowsのグラフィック設定から容易に行えます。最も重要なのは、ご自身の環境でHAGSを有効/無効にした場合のパフォーマンスと安定性を実際に比較検証することです。
もしHAGS有効化後にパフォーマンス低下やスタッター、クラッシュなどの問題が発生した場合は、本記事で解説したトラブルシューティング手順(HAGSの無効化、ドライバの更新/ロールバック、ゲームファイルの確認、他のソフトウェアの停止など)を順に試してください。GPUドライバは常に進化しており、将来のドライバアップデートでHAGSの安定性や効果が向上する可能性も十分に考えられます。
ゲーミングPCのパフォーマンスチューニングは常に変化と探求のプロセスです。HAGSのような新しい機能についても、その仕組みを理解し、ご自身の環境に合わせて適切に設定・検証を行うことが、より快適なゲーミング体験への鍵となります。